正直、新型コロナウイルスのパンデミックが、これほど長期に亘るとは予想だにしませんでした。通常 10 年を要すると言われていたワクチン開発がわずか数か月で成し遂げられたこともあり、医学の進歩を実感しつつ、急速に感染終息に向かうのではないかと楽観視しておりました。それほど甘くはなかったようです。そんな中、抑制的な生活が長期化すると、変化を求める欲求が高まり、新たなブレイクスルーが生まれるのが、生物として当然の合目的的な反応であろうと思います。ブレイクスルーという表現には、ポジティブなイメージを抱きますが、ブレイクスルー感染なるものの発生については想定外でした。ワクチン効果の隙間を突くこの現象が、私の楽観的考えを見事に打ち砕いてくれました。ただ、このパンデミックによって、良きにつけ、悪しきにつけ、変容の扉(ブレイクスルー)が開かれたように思います。
日本で百万部を超えるベストセラーとなった「ファクトフルネス」によると、「ひとつの例がすべてに当てはまる」という思い込み=パターン化本能や「世界はひとつの切り口で理解できる」という思い込み=単純化本能を戒めています。私が、ワクチンが開発されればその感染症は即終息と考えたのは、まさにパターン化・単純化本能そのものなのでしょう。感染症も情報もいまやすべてがグローバルにつながっていて、どこも制御はしていないこともあり、医療面での危機が、世界各地であらゆるビジネスの同時多発的なシャットダウンを惹起しました。結果として、極小のウイルスにより経済活動そのものが停止してしまいましたが、世界全体が複雑に絡み合っていることを、一個人としても思い知らされました。これも、パターン化・単純化本能では理解できない事象であろうと思います。
今回のパンデミックは、歴史を書き換えるというよりも加速させていく、という考え方があります。多様性(ダイバーシティ)という言葉も、以前から注目されていたのでしょうが、抑制的な生活の中から加速度的に際立ってきたキイワードのように感じます。パターン化・単純化本能に対抗するというよりも、それを包含するような幅の広い言葉だと思います。多様性が集合知を高め、社会を強くし、組織を強くし、さらには常識の打破や発想の転換を起こしやすくする、と言われています。組織で神聖視され不可侵なルールであっても、果たして本当にそれが有効で効率的なものなのかと、一度見直してみる必要性を後押ししてくれそうです。一例として、非常に興味深かったのは、京大病院の松村先生が報告している「ダブルチェックの有効性を再考する」でした。その内容は、医療安全管理の常識となっていた内服薬のダブルチェックをシングルチェックと比較したところ、エラー率は同等だった、という衝撃のデータです。松村先生は医療事故の再発防止策の中で、半ば常識と化したダブルチェックを「神聖な牛(sacred cow)」と表現されています。その意味は、文字通りインドでの聖なる動物として扱われている牛の他に、攻撃のできない人・思想・制度など、となっています。その神聖な牛に対して、思考の多様性で挑戦された珠玉の成果であると思います。
そこで、加速化と多様性という視点で自院のことを考えてみました。まず、現在経験している患者数の減少は一時的なものではなく、継続する気がしてなりません。いずれは人口減の結果として訪れる現象が相当早まっている、加速化していると感じます。この危機感が、現在策定中の中長期計画を元から見直す機会になりました。
一般企業では、費用と収益には明確な対応関係がありますが、公営企業においてもより分かりやすくその対応関係を示すために、2014 年に地方公営企業会計制度改正(新制度)が行われたと考えています。実は地方公営企業会計が大変分かりにくいため、事務局任せにしていたことを反省し、多職種で企業会計についての自己学習をしておりました。つい前例踏襲に陥ってしまいがちな病院会計ですが、新制度では建設改良費に対する繰入金を減価償却費と対応させるように収益化することや、累積欠損金が積みあがっていることと同時に資本金も積みあがっていること等に気付きました。この発見は、多職種でかかわったことによる多様性の賜物であると思います。行政からの繰り入れの見直しや積み上げてきた資本金の流用(減資)等で、累積欠損金を抑制・減少させることができるのではないか、と経営者としての事業管理者目線が疼いています。もちろん、これだけでは見た目の数字が変わるだけですので、患者数が減少する中で医業収益をしっかり確保することを最重要課題に掲げております。
このパンデミックが、変革と改革の可能性を作り出している、とも言えます。病院組織は専門職の集合体であり、ある意味多様性の宝庫でもあります。今年は、常識にとらわれることなく、全職員と共に「あらゆるものを問い直す年」にしたいと思っております。