全国自治体病院協議会雑誌の「緑陰随想」に投稿したものです。ご一読を!

人口減少が進行する地方都市の自治体病院として、何らかの形で地域づくりに参画できないものかと思案していた時に、偶然目に留まった頭字語でした。Evidence Based Policy Making のことであり、エビデンスに基づいて政策を形成すること、と訳されています。EBM が強調されている影響も少しはあるのでしょうか。欧米諸国ではその導入が進んでおり、成果を上げているようですが、日本では例によって遅れているとのことです。我が国の地域政策は、総花的で網羅的であることが特徴で、どうしても金太郎飴的になっていて、地域問題解決の具体的な戦略になっていないとの指摘があります。まさに、政策が地域ごとのエビデンスに基づいていないことが原因のようです。とは言っても、やみくもにデータを集めて、加工し、分析すれば EBPM ができる訳ではなく、その地域に応じた有効な戦略を立てないと意味がないとのことです。診療情報も同様ですが、DRIP(Data Rich and Information Poor)(データが豊富でも情報が不足している)状態には十分注意せよ、と言うことになります。

人口 6 万人弱の我が十和田市も、ご多分に漏れず年率約 1%ずつ人口減少が進んでいます。このまま行けば、100 年後には誰もいなくなり、まちが消滅するということです。これを食い止めるのは主に行政の責任なのでしょうが、EBPM を活用しても極めて難しいと思われます。ただ、人口減少は止められないにしても、安心して住み続けられる、生活できるというメッセージを医療側からも発信することはできそうです。中小地方都市に共通した状況かもしれませんが、十和田市のデータを見てみると、65 歳以上の人口は増えています。と言うことは、64 歳以下の人口が激減しているということになります。一方で、世帯数は年々増えています。どういうことでしょうか? それは一人暮らしの高齢者が増えている、ということになります。あまりにも浅い分析ですが、この現状に対して地域の中核病院として何かできないものか、と考えていた訳です。

そんな時、たまたま「在宅ひとり死のススメ」という本を手に取る機会がありました。上野千鶴子さんの著作ですが、その本によるとすごい勢いで高齢の「おひとりさま」が増えているとのことです。高齢者世帯の独居率が 2007 年には 15.7%だったものが、2019 年には 27%と急増しているのです。十和田市のデータが、裏付けられた感があります。また、興味深いことに、老後は「おひとりさま」が一番幸せ、とのデータが示されていました。その条件は、慣れ親しんだ家から離れない、金持ちより人持ち(信頼できる友人がいる)、勝手気ままな暮らし、とのことです。まさに、在宅診療がサポートすべき内容そのものと感じました。

実は、当院は自治体病院では比較的珍しいかもしれませんが、在宅診療専門の附属診療所を 2019 年 10 月に開設しております。当時、当地域には積極的に在宅診療に携わるクリニックがなく、医師会の先生方に相談したところ、むしろ背中を押されて立ち上げた経緯があります。この事業は、県の地域医療構想にも則ったものでした。地域のニーズは高く、2021 年度の実績は実患者数が 185例、看取り患者数が 126 例(十和田市で亡くなる方の約 15%)であり、確実に増加しています。その中で一人暮らしの患者さんは 10 例、約 6.8%を占めており、まだまだ少ない結果でした。

さて、地域包括ケアを実践する過程で、アドバンス・ケア・プランニング(愛称:人生会議)の重要性が叫ばれる中、「終活」という言葉も登場し、死へのタブーが薄れてきていると感じます。また、政府が示した地域包括ケアのイメージである植木鉢図では、皿の部分に当る本人と家族の選択と心構えの解説として、「常に家族に見守られながら亡くなるわけではないことを、それぞれの住民が理解したうえで在宅生活を選択する必要がある」と明示されています。我が国において、このような生々しい表現ができるようになったことに、少々驚いた記憶があります。

多死社会の到来を踏まえて、少々EBPM を意識して地域づくりの「売り」を考えると、「おひとりさまでも大丈夫! 幸せな在宅ひとり死を実現! 慣れ親しんだご自宅で幸せな最期を迎えることができる十和田市!」などというキャッチフレーズも、不謹慎ではない気がしてきます。人生 100 年時代が現実となりつつある今、このメッセージは若年世代には難しいとしても、中年世代には響くかもしれません。もちろん、老年世代にはリアルな目の前の問題として突き付けられるでしょう。命のしまい方を考えたとき、このような地域があれば選好してくれるかもしれません。十和田市は台地の上に開けたまちであるため坂道が少なく、高齢者にとって生活しやすい環境です。誰もが分け隔てなく参加できる交流拠点(地域共生型拠点)としての当院の活用も推進しながら、在宅診療所を中心とした一人暮らしでも安心して死ねる体制を構築することが、地域づくりの戦略になるのではないかと本気で考えております。

2022 年 8 月 16 日