青森県自治体「病院」勤務医等確保対策資料に投稿した内容です。ご一読ください。(2018 年 6 月 20 日)

医師臨床研修制度は概ね 5 年に一度の見直しが行われている。現在次回改定の平成 32 年度に向けて、外科・小児科・産婦人科・精神科が必修科目に加わり、研修目標の内容においても医師のプロフェッショナリズムを根幹に据えた見直しが検討されている。プロフェッショナリズムについては世界的にも改めて見直されているようだが、その背景には、医療技術そのものも急速に変化発展し、あっという間に時代遅れとなり、医師の専門性が失われていくのではないかという危機感や、製薬会社のサポートで行われた臨床研究にバイアスがかかっていた事実、更には患者さんのニーズの大きな変化等があるようである。

「医師臨床研修制度の到達目標・評価の在り方に関するワーキンググループ」座長の聖路加国際病院院長福井次矢先生によれば、プロフェッショナリズムの定義は非常に難しく、そのモノグラフは何と 16 種類もあるとのことである。

多くの医療者が賛同するような内容に集約することは大変な作業であるが、到達目標の一つに「医師としての基本的価値観(プロフェッショナリズム)」を据えて作成しているようだ。具体的には、
①社会的使命と公衆衛生への寄与(いわゆるアカウンタビリティ)、
②利他的な態度(患者さんのことを最優先する心構え)、
③人間性の尊重(尊敬の念と思いやりの心)、
④自らを高める姿勢(向上心)、
の 4項目が改定案として示されている。私も院長職という立場で日々医師の言動に接していると、医学知識や技能の問題というよりも、態度やコミュニケーション不足の方に、より神経を使うと実感している。医師だけではなく医療人全員にプロフェッショナリズム的な価値観をしっかり身に着けてもらうことは、病院運営上も非常に重要であると改めて思う。

さて、青森県の急性期医療を中心とした地域医療については、自治体病院が担っているといっても過言ではないだろう。自治体病院の病床数は県全体の約30%を占めており、各二次医療圏の中で中核的な役割を果たしている。加えて医療人の教育育成も同時に担っている。当県は医師不足が基盤にあることもあり、経験すべき症例が豊富で、知識・技術はしっかり身に着けることのできる機会を提供できていると思う。これは、当県で働く医療人にとっての魅力であり、売りの一つでもあるだろう。さらに医療人として最も重要と思われる「態度」を陶冶する環境を整えれば、その魅力は倍増するのではないかと思う。今一度プロフェッショナリズムを意識して教育することの意義を再認識し、自治体病院の教育理念としてアピールすべきなのではないかと思う。

ここで一例としてまだまだ不十分ではあるが、今年度から始めた当院での試みを紹介する。例年新採用者を対象に院長講話と称して 2 時間程使って、当病院の理念と基本方針、臨床倫理、QI(quality indicator)等についてスライドを使用しながら講義していた。いわゆるラーニングピラミッドによれば、講義形式の学習定着率はたったの 5%との指摘もあるため、何か別の形式でやってみたいと考えていた。今年度は幸いなことに初期研修医の先生方が 6 人とフルマッチしてくれたこともあり、初の試みではあるが、院長講話の時間を活用して 33人の新採用者全員を対象にグループワークを行った。テーマは「プロフェッショナルとして今後どのように働いていくのか?~医療人のあるべき姿をイメージしながら~ 」として、KJ 法を用いて話し合ってもらった。今まで温めていた企画で、初期研修医をリーダーに 6 グループに分けて、各グループを医師・看護師・メディカルスタッフ・事務職の多職種で構成した。初期研修医のみでグループワークを行っている施設はあるようだが、多職種で行っている例は少ないようである。私にとっても、新採用者を多角的に把握するのに持ってこいの機会となったし、彼ら自身も楽しんでいるようであった。特に医師職にとっては、「指示を出す」という重要な仕事のシミュレーションになっていると感じた。

事後のアンケートによれば、新入職員同士の交流を深めることができた・楽しかった・様々な経歴の多職種の皆さんとプロフェッショナリズムについて考えることができた等、大変好評であった。新採用者の決意表明のような部分もあったため、その成果物を講堂に展示して、全職員に公開した。初心を忘れないで欲しいと願いながらも、今後に向けて更に充実した院長講話にしなければならないと刺激をいただいた企画であった。

医療人のプロフェッショナリズムについては、しっかり教育すべき時代になってきている。まずその定義を理解し、自らの経験を言語化し、日々省察する癖を付けてもらわなければならないと思う。これは新採用者に限ったことではなく、すべての医療人が改めて考え、自問すべきテーマであるとつくづく感じた次第である。