「緑陰随想」として、全国自治体病院協議会雑誌に寄稿した内容です。ご一読いただければ幸いです。

ズバリ!そこは、十和田八幡平国立公園内の奥入瀬渓流遊歩道です。世界を知らない私が個人的に主張しているので、最もエビデンスレベルが低い私見ではありますが、推奨度は極めて高いと信じています。

奥羽山脈に位置する山上の湖である十和田湖から、唯一流れ出る河川が奥入瀬渓流です。その区間は、流出口である十和田湖子ノ口から八甲田山系を流れ下る蔦川との合流点である焼山までの、標高差約 200 メートル、長さ約 14 キロに及びます。
遊歩道は、その全長にわたり整備されており、渓流とほぼ同じ高さで上質な自然と触れ合うことができます。四季を通じて楽しむことができますが、私の一押しは皐月、5 月です。道の両脇には、キクザキイチゲやニリンソウが咲き誇り、目線を上げればカツラ・トチノキ・ブナなどの新葉が開葉し、コース全体が光をふくんだ萌黄色に染まります。まさに新緑爆発、といった迫力とともに癒しも感じます。(写真1)

きらきらとした木漏れ日の射し込む、若葉に囲まれた道を走りながら、渓流のしぶきを観、野鳥のさえずりを聴き、森林浴の風に包まれつつ、さらにその風が体のなかを吹き抜けてゆくかのような、自然との一体感を味わうことができます。まさに、ストレスフリーの極上で、しあわせな時間です。遊歩道ですれ違う観光客の方から「贅沢だね~!」と声を掛けられ、「最高で~す!」と即答してしまう私がいる訳です。

この文章を書くのに参考とさせていただいたのが、NPO 法人奥入瀬自然観光資源研究会(通称おいけん)発行の「奥入瀬自然誌博物館」です。実は、おいけん事務局長の川村祐一さんからは、「奥入瀬は走っちゃだめです。立ち止まるから、見えてくるものがたくさんあるのに!もったいない!」ときつく(?)諭されています。ちなみに、おいけんでは、「コケさんぽ」というランブリング(ぶらぶら歩き)ツアーを企画しており、ルーペ片手に 300 種類以上自生しているコケを、地面に這いつくばりながら(匍匐前進?)観察するそうで、100m進むのにあっという間に 1 時間は経ってしまうとのことです。天然の苔庭の魅力にはまると、時間は無になるようです。

さて、コロナ禍の影響を受けて、ほぼすべてのイベントが中止となっていますが、市民マラソン大会もそのひとつです。確かにスタート地点では、密そのものの状況にならざるを得ませんので、致し方ないとは思いますが、年間 10 レースほどの大会に参加している身としては、残念至極です。このストレス解消のために、奥入瀬通いの頻度が増しているという事実があります。病院行事も同様で、毎年 5 月に開催している新人歓迎のイベントも、2 年連続で中止とせざるを得ませんでした。当院のシンボルとなっている佐藤忠良氏作の「早蕨(さわらび)の像」(写真2)からその名を冠して「さわらびパーティー」と銘打って開催されます。地域の医療従事者の皆さんにも参加していただき、新たに加わってくれた仲間を紹介披露する 200 人規模の宴会なのですが、これまた残念の一言です。

ところで、この「さわらび」という言の葉の由来ですが、万葉集の歌にまでさかのぼります。それが、志貴皇子(しきのみこ)が詠んだ「石(いわ)ばしる 垂水(たるみ)のうえの さわらび(早蕨)の 萌え出づる春に なりにけるかも」という歌です。その意味は、「岩をほとばしりながら、流れ落ちる滝のほとりに、若い蕨(新芽)が萌え出る春になったのだな~。」と早春の情景を素直に詠んだ歌とされています。寒く厳しい冬を越え、待ちに待った春到来を喜ぶ歌で名歌とされています。ひょっとして志貴皇子さんは、春の奥入瀬をそぞろ歩きしながらふと詠んだのでは、と風雅な趣のかけらもない私でも想像してしまいます。奥入瀬渓流遊歩道は、ジョギングよし、ウォーキングよし、匍匐前進よし、そして歌を詠んでもよしと、必ずご満足いただける世界一のコースです。寒く厳しい冬のようなコロナ禍が過ぎ去った後、是非トライして欲しいと思います。

写真1:筆者お勧め「白銀の流れ」

写真 2:当院のシンボル「さわらびの像」