昨年9月に、青森県で初開催となる全国学会「第 49 回日本診療情報管理学会学術大会」を担当し、十和田市で行わせていただいた。どうせやるなら地元でやりたいと思い、まずは何と言っても開催可能な会場があるかどうかを調べたところ、何とかなることが分かり、深く考えずにゴーサインを出した。準備段階で、「地域の力」のようなものをポジティブにもネガティブにも感じる機会があったので思い返してみた。

そもそも地域力(ちいきりょく)とは何かということだが、その言葉の原点は、阪神淡路大震災の発生に際し、災害に強い地域を形成する上での原動力として、神戸市在住のまちづくりプランナー宮西悠司氏により提唱された概念とのことである。宮西氏によれば、地域力とは地域資源の蓄積力、地域の自治力、地域への関心力により培われるものであるという。地域資源の蓄積力とは地域における環境条件や地域組織およびその活動の積み重ねのことであり、地域の自治力とは地域住民自身が地域の抱える問題を自らのことと捉え、地域の組織的な対応により解決する力のことを指し、地域への関心力とは常に地域の環境に関心を持ち可能性があるなら向上して行こうとする意欲で、地域に関心を持ち定住していこうとする気持ちがまちづくりにつながるというものである。

地域力は当然のことながら、かなり幅の広い概念であることが理解できる。また、災害対応に関わる流れで生まれてきた言葉であることに、東日本大震災を経験した身としては感慨深いものがある。私が全国学会開催に関連して感じた地域力は、その中のほんの一部に過ぎないが具体的に振り返ってみたい。

ひとまず学会会場は確保したものの、次は宿泊とアクセスである。十和田市は青森県内で人口が青森市、八戸市、弘前市に次ぐ第 4 の市(6万人弱)ではある。ベスト 4 ではあるが、メダルには届かないという中途半端で忘れ去られてしまう存在かもしれない。鉄道、高速道路はなく、もちろん空港も港もないが、陸の孤島とは言わせたくない。自然豊かで文化の香りが漂う美しいまち、と表現したい。

大変いいまちなのだが、宿泊キャパが小さく、アクセスが良くない。誰が考えても、大きな学会には不向きである。当初、宿泊等の手配を地域の観光機構にお願いしていたが、当時はコロナ禍の影響で諸々の学会がドタキャンとなったり、完全 WEB オンデマンド配信になったりしていた。当学会もその煽りをくらっており、もしそうなった場合、地域の小さな観光機構では支えきれないとのことで辞退されてしまった。コロナ禍で後ろ向きになってしまうことは仕方のないことではあるが、地域力というのはこのような面でも関わってくることを実感した。地域資源の蓄積力という点では、如何ともしがたい容量問題がありそうである。

次に、学会開催にとって肝と思われる「広告・企業展示・ランチョンセミナー・寄付金」による資金集めである。これこそ病院・私個人等を含めた地域力の重要性を、身をもって感じて、最も苦労した点である。私としての頼みの綱は製薬企業であるが、すべての面で塩対応であった。確かに、診療情報管理となると薬剤との関連は薄く、小都市での開催ということもあるのか、いわゆるコンプライアンス上、難しいのであろう。しかし、その落ち込みそうな気持ちを救ってくれたのが、同門会・医師会組織・地域のかかりつけ医の先生方・地元企業様等からのご寄付であった。地域の自治力や関心力の賜物であり、感謝に堪えない。

地域では、個人の力も大きい。十和田市を世界にアピールしているスター性も兼ね備えた逸材が居り、その地域力を高める活動は注目に値する。そのスター達にも、学会に関わっていただいた。初日の学会開幕時に、全国唯一の女性による流鏑馬競技会「桜流鏑馬」の衣装で、会員を出迎えてくれたその道の第一人者である上村鮎子さん、その夜行われた懇親会の席で、全国 B-1 グランプリでグランプリを受賞した「十和田バラ焼き」を会場で直接焼いて振舞ってくれた畑中宏之.舌校長率いる十和田バラ焼きゼミナールの皆さん、同じく懇親会の場を歌で盛り上げてくれた十和田市在住のシンガーソングライター桜田マコト君である。このお三方のおかげで学会全体が、十和田色を前面に押し出したイベントとなり、当地域の総合力を全国に発信する機会になったと思う。

学会開催を通して、地域力について考えるいい機会になった。自治体病院である当院も、まちづくりに積極的に参画しなければならないが、今回の「無理やり地元開催イベント」が少しは地域力の向上に貢献したのではないかと勝手に考えている。

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